通年営業の海の家で大失敗・・・オンシーズンのみ経営にはワケがある。

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第9回目のしくじり社長インタビューは、叔父と一緒に海の家を開いたJさんです。
通年営業している海の家という誰もやっていない発想で開業したのですが、なぜ誰も通年営業していないのかをしっかり考えていなかったようです。

記者
よろしくお願いします。

しくじり社長I
よろしくお願いします。

記者
自営業をされていたご本人ですか?

しくじり社長I
いや、経営は自分ではありません。

記者
現在の年齢を教えてください。

しくじり社長I
22歳っす。

記者
働いていたのは何歳の時ですか?

しくじり社長I
21歳の時、半年間だけすね。

記者
短いですね、どんなお仕事だったんですか?

しくじり社長I
海の家です。

記者
なるほど。月収はどのくらいでしたでしょうか。

しくじり社長I
えーと、50万円くらいです。

記者
どんな海の家だったんですか?

しくじり社長I
万年開いている海の家を叔父と一緒に作ったんです。元々叔父が大工をしていたので海の家が作れる事、海が好きな事とかあって海の家を始めました。

記者
海の家って普通は夏だけの営業ですものね。

しくじり社長I
そうなんですよ。夏以外でもあればいいんじゃないかと思って。

記者
でも、半年でやめてしまったんですね?

しくじり社長I
それが、夏以外に海を訪れる人が少なくて、売り上げがあがらなくてやめました。

記者
思ったほど利用者が居なかったのですか。

しくじり社長I
そういうことっすね。

記者
借金はありましたか?

しくじり社長I
自分はなかったです。叔父が100万円前後の借金を負いました。ほとんどは酒代で、ショップへ売りつけ、3割ほどは取り返したらいしいんですけど、それでも結構な金額になりまし。

記者
叔父さんは大変になってしまいましたね。

しくじり社長I
経営者は叔父だったとはいえ、ちょっと申し訳ない思いもあります。

記者
返済はどうしていますか?

しくじり社長I
叔父はその後、たこ焼きフランチャイズを契約して出店したようで、毎月少しずつ返済してます。自分も毎月1万円だけ出してます。

記者
まずいな、と思い始めたのはいつの頃からでしょう。

しくじり社長I
開店した月から経営はやばかったんですけど、夏の間は実入りがよくてなんとか凌いでる感じでした。

記者
良かったのは夏の間だけなんですね。

しくじり社長I
一度も安定した月はなかったと思います。

記者
金策をしたりしましたか?したならどのようなことをしましたか?

しくじり社長I
売り込みやチラシなどを刷り配ったりもしたんですけど、あんまり効果は無くて、仕入れる食材の質を下げたりして金策しました。

記者
こうしていれば良かったなぁと思うことはどんなことでしょう?

しくじり社長I
やっぱり夏だけの期間限定で開くべきでしたね。他のお店が夏の終わりに撤退する理由を考えていればと思います。

記者
やっぱり海の家は夏以外は難しかったのですね。

しくじり社長I
そうっすね。海じゃなくてうち目的で来てくれるような何か凄いものでもあったら別かもしれなかったんですけど。

記者
お店を開いて良かったということ有りましたか?

しくじり社長I
仕入れの仕方やお店の借り方などが分かったのは良かったです。売値の計算方法など、バイトじゃ分からない事が分かったので。大体の金額が分かるので今度は叔父とは別に自分でお店をだしたいなと思ってます。

記者
経営を学べたのは良かったですね。辛かったことはありますか?

しくじり社長I
毎日店に顔を出すので休みがないのは嫌でしたね。

記者
確かに。特に海の家ですと休みなく忙しそうです。

しくじり社長I
その上、給料が高いってわけでもないから、繁盛してないと厳しいっていうのがわかりました。

記者
お店をやめた時のご家族の反応はどうでしたか?

しくじり社長I
やっぱりなって言われました。早く倒産してくれて助かったと言われました。

記者
そんなことを言われたのですか?

しくじり社長I
長く続けて借金が増えてしまったら叔父だけでなく自分や親も借金を負わないといけなくなるかもしれなかったんで。

記者
なるほど。いまはお仕事はされているんですか?

しくじり社長I
調理師やってます。老人ホームで毎日利用者と職員の食事を作って提供してます。

記者
今後の目標があれば教えてください。

しくじり社長I
いずれは飲食店を開きたいっす。

記者
どんな飲食店が理想ですか?

しくじり社長I
はっきりとは決めてないけど、普通にレストランや定職のお店を一人で切り盛りしてみたいです。

記者
経験を生かして、頑張ってくださいね。

しくじり社長I
はい、ありがとうございます。

記者
今日はありがとうございました。

しくじり社長I
ありがとうございます。

夏以外に海に来る人はとても少ない。早めに見切りをつけて正解

夏は海水浴などで海にくるお客さんは多いですが、それ以外のシーズンではサーフィンをしたりする人以外はそうそう訪れないですね。

海を見に来る人はいるかもしれないけれど、海の家を利用する感じではないでしょう。

誰もやっていないことが隙間産業なのか、儲からないからやる人が居ないのかを見極められなかったのが原因ですね。

オフシーズンの時にもお客さんが来てくれるようなレストラン形式や、また別のものを販売するなど特色を出して宣伝をするとか、普通に夏場だけ営業して他のシーズンは別の仕事ができれば続けられたかもしれません。

長く続けずに見切りをつけて廃業したのは正解でしょう。

経営はやってみないとわかりませんから、失敗を糧にして新たに自営業をはじめるべく頑張ってもらいたいものです。

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バブル時代にペットの餌の問屋で月収60万円!バブル弾けて、夢も破れ・・・

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第8回目のしくじり社長インタビューは、旦那様が卸問屋を営んでいたKさんです。
不景気の流れを乗り越えられなかった倒産の例をお話していただきました。

記者
どうぞよろしくお願いします。

しくじり社長H
はい、よろしくお願いします。

記者
早速ですが、自営業をされていたご本人様でしょうか?

しくじり社長H
いいえ、違います。夫が会社を経営しておりました。

記者
失礼ですが、現在の年齢をお伺いしてもよろしいでしょうか。

しくじり社長H
70歳になりました。

記者
自営業をしていたのは何歳の時でしょうか?

しくじり社長H
私が36歳の時に起業しまして、60歳になるまで経営しておりました。

記者
旦那様も同い年ですか?

しくじり社長H
はい、そうです。

記者
どのような商品を扱っていたのでしょうか。

しくじり社長H
ペットの餌の問屋をやっておりました。

記者
月収はどのくらいありましたか?

しくじり社長H
60万円くらいだったでしょうか。

記者
倒産のきっかけはあったのでしょうか。

しくじり社長H
最初から10年くらい経った時は経営はうまくいっていました。

記者
ちょうどバブルの時代ですよね。

しくじり社長H
そうですね。けれど、段々経営が思わしくなく苦しくなっていきましたので、会社を畳む決意をいたしました。どうしようもなくて苦渋の決断でした。

記者
それは辛かったでしょう。

しくじり社長H
ええ、苦しかったです。

記者
負債額はどのくらいになりましたか?

しくじり社長H
1000万円ほど抱えてしまいました。

記者
随分な金額になってしまいましたね。返済はどうしたのでしょうか。

しくじり社長H
自己破産を選びました。

記者
なるほど。経営が危ういと思ったのはいつごろからでしょう。

しくじり社長H
倒産する3年位前からになります。時代は不景気のどん底でした。

記者
金策をしたりなどはしましたか?

しくじり社長H
あちこちからお金を借りましたね。

記者
あの時こうしていればよかったと思うことはありましたか?

しくじり社長H
あります・・。

記者
では、自営業で良かったと思うことを教えていただけますか?

しくじり社長H
自営業をしていて良かったと思うこと…、人との繋がりが持てたことです。取引先から美味しいものをたくさんいただいたのも嬉しかったですね。

記者
それは嬉しいですね。逆に辛かったことも教えてください。

しくじり社長H
辛いと思ったことは、責任が重くのしかかることです。

記者
経営者は様々な責任を背負うことになりますが、特にあげると?

しくじり社長H
家族、社員と、社員の家族を養わなければというプレッシャーが特に強かったです。

記者
自分たちだけでなく社員の家族にまで影響するのはプレッシャーですね。

しくじり社長H
ええ、自分たちだけなら倒産しても自分たちが辛いだけですが、社員がいるとそうも言えませんので。

記者
倒産したときのご家族の反応はどうでしたか?

しくじり社長H
驚いて困惑していました。夫はかなり意気消沈しておりました。

記者
現在はお仕事はされていますか?

しくじり社長H
現在は年金生活です。

記者
今後の目標などはありますでしょうか。

しくじり社長H
活き活きと充実した人生を歩みたいです。

記者
もうお仕事をすることは?

しくじり社長H
歳も歳ですし、年金で充実した老後を送れれば良いです。

記者
わかりました。充実した人生をお送りください。

しくじり社長H
ええ、ありがとう。

記者
応援しています。本日はありがとうございました。

しくじり社長H
ありがとうございました。

自己破産という選択は正解だった

バブル崩壊後の不景気に打ち勝てなかった企業は多かったでしょう。特に中小企業は辛く苦しかったと思います。

会社を潰したくない思い、社員を養わないといけない思いは重責となってのしかっていたでしょうし、そのために負債額も膨れてしまったのではないでしょうか。経営の立て直しができないという判断が遅れてしまったのかもしれません。

どうにかできるなら倒産させたくないというのは誰しもが思うことだと思いますうが、決断をしなければいけない時期の見極めは大切だということがわかります。

自己破産を選ばれているので借金地獄のようなことはなかったようですが、デメリットもあります。とはいえ、多少の財産は手元に残すこともできるので最適な選択だったでしょう。

自営業者の借入をされている人の中には、借金地獄に陥って命に関わる問題に発展してしまっている人もいます。

自己破産は最終手段といえるほどのものなので、そうならないうちに立て直しか倒産の決断ができていたらと思います。

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月商3000万円だった食品メーカーが倒産した理由を、息子が語る。

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第7回目のしくじり社長インタビューは、食品メーカーを経営していたEさんの息子さんです。

月商3000万円という時期もあったEさんが倒産したきっかけとは?多額の負債をどう返済したのか。

息子として側にいた視点でお話を伺いました。

記者
こんにちは。今日はよろしくお願いします。

しくじり社長E
よろしくお願いします。

記者
自営業をしていたご本人ですか?

しくじり社長E
違います。父親が会社を経営していました。

記者
今の年齢を教えてください。

しくじり社長E
僕は41歳です。父は67歳です。

記者
お父様はあなたが何歳から何歳までの間、自営業をしていましたか?

しくじり社長E
僕が10歳から30歳の20年間です。

記者
どんな仕事をされていましたか?

しくじり社長E
食品メーカーです。

記者
1番儲けていた時の月商を教えてください。

しくじり社長E
月商3000万円という時がありました。

記者
かなり儲かっていたいた時期があるのですね。

しくじり社長E
そうですね。

記者
倒産したきっかけはどのようなことでしたか?

しくじり社長E
きっかけは工場の設備投資です。その工場の設備に莫大な費用がかかてしまって返済が困難になっていくことになりました。

記者
より生産性があがって売れるようになったことはなかったのですか?

しくじり社長E
いえ、設備投資がきっかけで安い単価のものは作らず、高単価のもばかりを作るようになりました。

記者
それが売れなかったということですか?

しくじり社長E
はい。最終的にはたいして価値のあるものではないものになで高単価な値段をつけて価格を不当な値段に釣り上げていったことが、さらなる業績悪化につながり倒産したのだと思います。

記者
価値のないものに高い値段をつけていたのが、消費者から信頼されなくなったのでしょうか。

しくじり社長E
そういうことになります。

記者
倒産の時にどのぐらい負債がありましたか?

しくじり社長E
3億円です。

記者
かなり大きな額でしたね。

しくじり社長E
そうですね。

記者
負債はもう返済できましたか?

しくじり社長E
全ての会社の資産を売却して、残った額は個人のアパート経営の収入と個人ローンと両親の年金で返済しました。

記者
あなた自身は負債を背負うことはなかったということですか?

しくじり社長E
はい。それはありがたいことでした。

記者
実際に倒産をした日のどのぐらい前から「これはまずい」と考えていましたか?

しくじり社長E
5年前からです。

記者
まずいと思った時に何か金策はしましたか?

しくじり社長E
両親が見栄っ張りのため、金融機関には頼らず、車などは売却して、最悪の事態にそなえ、なるべく質素な生活をしていました。

記者
「あの時、こうしていれば・・・」と思うことはありますか?

しくじり社長E
工場の設備投資の話しを断っておけばよかったと、父はよくこぼしています。

記者
「自営業をしていて良かった」と思ったことはありましたか?

しくじり社長E
子供のときから地元の銀行の人や農協関係の人がぺこぺこして気持ちよかったことです。

記者
それは凄いですね。

しくじり社長E
地元では有名…というか、そこそこ大きな会社でしたので。

記者
逆に「自営業をしていて辛い」と思ったことを教えてください。

しくじり社長E
子どもとして思うのは、家族で遊び行ったことや旅行をしたことがなかったことが辛かったです。

記者
寂しかったですか?

しくじり社長E
両親はずっと働いていましたので、家族ででかけるというのは羨ましかったですね。

記者
倒産した時の家族の反応はどのようなものでしたか?

しくじり社長E
ある程度は覚悟はしていたものの、両親はしばらくは空っぽという感じでした。

記者
今、何かお仕事をされておりますか?

しくじり社長E
僕はデザイン会社で営業をしています。両親は年金暮らしです。

記者
今後の目標や将来の展望を教えてください。

しくじり社長E
商売の厳しさを若いときに知ったので、がんばって不労所得の基礎をつくり、そこから収入を得られるような生活をしていきたいです。

記者
ありがとうございました。

失った信頼を取り戻すというのはなかなかに大変なもの

とても規模の大きな自営業のお話でした。

月商3000万円というとかなり裕福な生活もされていたと思います。

それなのに家族旅行も行ったことがないというのは、少し寂しい子供時代だったみたいですね。

しかし、設備投資の規模やタイミングを見誤ると大変なことになるということがわかりました。

設備投資をすること自体は間違いではなかったかもしれません。

ライバルとの競争に勝つためには同じものを作り続けるだけでなく、新しい挑戦もしなければいけないからです。

倒産の一番の要因は「たいして価値の無い商品の値段を不当にあげていた」というところにあるかもしれません。

消費者の懐事情はまだまだよくない世の中ですから、高い上にイマイチなものというのはすぐに見抜かれてしまいます。

それを続けていれば消費者の信頼をすぐに失ってしまい、正当な価格の良い物ですら売れなくなってしまうでしょう。

失った信頼を取り戻すというのはなかなかに大変なものなのです。

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メディアにも取り上げられた人気旅館の顛末。売上金=利益ではない

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第6回目のしくじり社長インタビューは、実家が旅館だったというGさんです。

湯治場で人気もあったという場所での旅館経営、繁盛していた時もあったのですが…。

ご両親が経営していた旅館が倒産してしまった理由をお聞きしました。

記者
こんにちは。今日はよろしくお願いします。

しくじり社長G
はい、よろしくお願いします。

記者
自営業をしていたご本人ですか?

しくじり社長G
いいえ、息子です。

記者
年齢を教えてください。

しくじり社長G
私は36歳になります。

記者
何歳から何歳までの間、自営業をしていましたか?

しくじり社長G
父が30~58歳の時です。

記者
どんな仕事をされていましたか?

しくじり社長G
旅館です。実家が旅館でした。

記者
いいですね。温泉などありましたか?

しくじり社長G
はい、小さな湯治場でした。一時、メディアで取り上げられてお客さんが多かった時期があります。

記者
1番儲けていた時の月商を教えてください。

しくじり社長G
お客さんが多かった時に、500万円くらいだったと思います。

記者
倒産したきっかけはどのようなことでしたか?

しくじり社長G
ひとつは経理をしっかりやっていなかったことです。

記者
お金の管理は誰がしていましたか?

しくじり社長G
主に母がやっていましたたが、両親共にという感じだったかもしれません。

記者
おふたりとも経理が苦手だったのですね。

しくじり社長G
売上金=利益のように見ていたので、お金の使い方が全くなっていませんでした。

記者
なるほど。他にもありますか?

しくじり社長G
もうひとつはお客様のニーズに合わせようとしなかったことだと思います。
お客様の意見を大切にせず上から目線で見ていました。

記者
意見などを聞き入れなかったのでしょうか?

しくじり社長G
そうですね。場合によっては「わがままな客だ」と裏で機嫌悪そうにしていました。

記者
倒産の時にどのぐらい負債がありましたか?

しくじり社長G
8000万円です。

記者
負債はもう返済できましたか?

しくじり社長G
他の会社が債務を引き受けるということで、経営権も無くなりました。

記者
実際に倒産をした日のどのぐらい前から「これはまずい」と考えていましたか?

しくじり社長G
5年くらいはまずいと思っていたようです。

記者
その間も経理を見直すことはなかったのでしょうか?

しくじり社長G
それができていたらもうちょっと違ったと思います。

記者
まずいと思った時に何か金策はしましたか?

しくじり社長G
親戚から借金する。消費者金融から借りるなどしていました。

記者
「あの時、こうしていれば・・・」と思うことはありますか?

しくじり社長G
きちんと経理をやっていれば良かったのではないかと思います。

記者
「自営業をしていて良かった」と思ったことはありましたか?

しくじり社長G
公私にある程度自由がきくところだと思います。

記者
例えばどんなことでしょうか?

しくじり社長G
私が小さい頃は運動会や部活の大会などを見に、平日でもきてくれました。

記者
それは確かに子供からしたら嬉しいことですね。

しくじり社長G
はい。まわりが誰も応援にきてなくても居てくれたのは嬉しかったです。

記者
逆に「自営業をしていて辛い」と思ったことを教えてください。

しくじり社長G
資金繰りだと思います。いつもお金に困っている様子でした。経理をしっかりやっていればこんなに苦労しなかったのではないかと思います。

記者
おこずかいがもらえないというような、あなた自身が辛かったことはありますか?

しくじり社長G
私が学生の頃は特にありませんでした。

記者
倒産した時の家族の反応はどのようなものでしたか?

しくじり社長G
私はある程度予想していましたが、母親は取り乱していました。

記者
今、何かお仕事をされておりますか?

しくじり社長G
私はアルバイトをしています。両親は…母はパートへでています。

記者
今後の目標や将来の展望を教えてください。

しくじり社長G
ただ毎日働いて、その日その日を生きているような感じなので、特にありません。

記者
ありがとうございました。

しくじり社長G
はい、ありがとうございました。

経理は自営業でとても大切なこと

いかに自営業に経理が大事かがわかるお話でした。

売上金の全てが利益で自由に使えるお金というわけではありません。

売上から様々な経費を引いてはじめて利益というものがでてきます。

しっかりお金の管理をしていれば、倒産は免れることもできたかもしれません。

ご両親が経理が苦手だったのならば、親戚や知人といった人で経理が得意な人を雇うということをしてもよかったかもしれませんね。

また、お客様は癒やされにくる旅館であるのに、上から目線というのは商売人としてあまりよくありませんでした。

お客様の意見の全てを取り入れていては大変ですが、まったく耳を傾けずにいるというのはお客様を蔑ろにしているようなものです。

居心地の良くない旅館にお客様はまた来たいとは思ってくれないでしょう。

また、口コミで評判を落としてしまうこともあるでしょう。

お話から察するに、ご両親は自営業に向いていない性格だったかもしれませんが、周りで助けてくれる従業員にも恵まれていなかったかもしれません。

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月商70万円が5万円までに落ち込みやむなく廃業・・・アフィリエイトビジネスの天と地

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第5回目のしくじり社長インタビューは、アフィリエイトビジネスをしていたFさんです。

在宅でひとりで仕事をしていたというFさんは、一時は月商70万にもなるほどでしたが、数ヶ月で稼げなくなってしまったそうです。

難しいアフィリエイトビジネスで、働かなければ明日の生活もままならないというストレスに悩んだといいます。

記者
こんにちは。よろしくお願いします。

しくじり社長F
よろしくお願いします。

記者
自営業をしていたご本人ですか?

しくじり社長F
はい、そうです。

記者
年齢を教えてください。

しくじり社長F
27歳です。

記者
何歳から何歳までの間、自営業をしていましたか?

しくじり社長F
25歳から26歳までです。

記者
どんな仕事をされていましたか?

しくじり社長F
アフィリエイト関係のビジネスです。

記者
具体的にはどんなお仕事内容でしたか?

しくじり社長F
いろいろやっていたので…

記者
そうですか。1番儲けていた時の月商を教えてください。

しくじり社長F
70万円です。

記者
お仕事をやめたきっかけはどのようなことでしたか?

しくじり社長F
東京でアフィリエイト関係のビジネスをしていたのですが、始めて半年くらいまでは月収50万円以上はキープしていました。

記者
その若さで月収50万円以上は凄いですね。

しくじり社長F
そうですね。でも、それから時がたつにつれて収益が段々と減っていき、最終的には月に5万円程度しか稼げなくなり、やむなく廃業しました。

記者
50万円だったのが5万円になるのは辛いですね。

しくじり社長F
アフィリエイトで儲けている人が多くなったのか、最近はすごく稼ぎずらくなりました。

記者
そうなんですか。確かに月商5万円では生活も苦しくなりますね。

しくじり社長F
蓄えはありましたが、稼げなくなるのは辛かったです。

記者
負債はありましたか?

しくじり社長F
負債はありませんでしたが、収益が全くなくなったので廃業しました。

記者
実際に廃業した日のどのぐらい前から「これはまずい」と考えていましたか?

しくじり社長F
半年前頃からです。

記者
まずいと思った時に何か金策はしましたか?

しくじり社長F
とにかく一日の仕事量を増やしました。寝ている時間以外はすべて仕事をしていました。

記者
それは大変でしたね。

しくじり社長F
がむしゃらに仕事をしましたが、その頃には思うように稼げてませんでした。

記者
「あの時、こうしていれば・・・」と思うことはありますか?

しくじり社長F
そもそも自営業に向いていないビジネスだったような気がします、最善を尽くしましたが、自分の力不足でした。

記者
「自営業をしていて良かった」と思ったことはありましたか?

しくじり社長F
とにかく自由があることです。

記者
自宅で仕事となると、自分で仕事をいつするかなど決められるのですね?

しくじり社長F
ええ。仕事は忙しいですが、自宅での作業なので外に出る必要もありませんでしたし、会社に縛られずに働けたのは良い経験でした。

記者
逆に「自営業をしていて辛い」と思ったことを教えてください。

しくじり社長F
稼げなければ即生活に支障が出ますし、会社勤めなら会社に居るだけで給料が約束されますが、自営業は自分で動いて自分で稼がなければならないので、私の場合は一度も安定していた時期はありませんでした。

記者
時間の使い方も難しそうですね。

しくじり社長F
自己管理が大変でもあります。

記者
他にはありますか?

しくじり社長F
仕事が無ければ明日、食えなくなるという状況が一年以上続き、ストレスに耐えられなくなり、自営業をあきらめて就職しました。

記者
廃業した時の家族の反応はどのようなものでしたか?

しくじり社長F
ひとり身なので特にありませんでした。

記者
今はどんなお仕事をされておりますか?

しくじり社長F
就職して、ライティング業をしています。

記者
今後の目標や将来の展望を教えてください。

しくじり社長F
また自営業を始めることです。

記者
自営業が嫌になったということではないんですね?

しくじり社長F
ええ。物販とライティング業務を掛け持ちして稼いで行ければ良いなと思っています。

記者
ありがとうございました。がんばってください。

しくじり社長F
はい、ありがとうございました。

アフィリエイトビジネスの天と地を見たFさん

アフィリエイトビジネスは今日稼げていたものや仕事が、明日には稼げなくなっているということがあったりします。

同じ業者が増えてくると少しでも先手や上手を取っていかないとすぐに置いて行かれてしまうという移り変わりの早い仕事みたいですね。

同業者とのネットワークなども大切になってくるでしょうから、家でずっと引きこもって仕事をしているというのはなかなか難しいのかもしれません。

また、在宅業務は自分で仕事の時間であったり、仕事量であったりを調節できるので、自分のさじ加減で自由に時間が取れるというのは魅力的です。
ご飯の時間も好きな時にとれますからね。

しかし、働かない時間が増えてしまうようでは稼げなくなりますし、仕事量が多くてずっと働いて居なければいけなくなるということもあるのですね。

Fさんは1年の間に天と地を見たような感じですね。

最初にかなり稼げていた分、稼げなくなった時は辛かったと思います。

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腕が良いのに店を畳むはめに。フランス料理店オーナーが犯したしくじりとは?

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第4回目のしくじり社長インタビューは、フランス料理店を営んでいたDさんにお話しを伺いました。
雇われ料理人から自分の店のオーナーになる夢を叶えつつも、オープン当初から不安を抱えていたとのこと。その理由は・・・

記者
こんにちは。今日はよろしくお願いします。

しくじり社長D
はい、よろしくお願いします。

記者
自営業をしていたご本人ですか?

しくじり社長D
はい。

記者
今の年齢を教えてください。

しくじり社長D
35歳です。

記者
何歳から何歳までの間、自営業をしていましたか?

しくじり社長D
30から34歳までです。

記者
自営業でどんな仕事をされていましたか?

しくじり社長D
フランス料理店を営んでおりました。

記者
1番儲けていた時の月商を教えてください。

しくじり社長D
100万ほどです。

記者
倒産したきっかけはどのようなことでしたか?

しくじり社長D
利益がでないので店を閉めました。

記者
利益が出なかった・・・ということは、売り上げはあったのでしょうか?

しくじり社長D
はい。ですが、フレンチの場合一人でやろうにも料理のパーツが多いので人手がいります。

記者
最低、どれぐらいの人手が必要になるのでしょうか。

しくじり社長D
ホールに1人、キッチンに2人ですね。それだけ必要となると、かなりの人件費がかさみます。

記者
ホールに1人ということは、そんなに大きなお店ではなかったんですね。

しくじり社長D
そうですね、こじんまりして席数は大したありませんでした。店を閉めました。

記者
倒産の時にどのぐらい負債がありましたか?

しくじり社長D
100万程度です。

記者
負債はもう返済できましたか?

しくじり社長D
現在は20万程度です。
お店をビルのオーナーに交渉して相当高く買い取ってもらいました。

記者
それは不幸中の幸いでしたね。

しくじり社長D
ええ、話を聞いてくれるオーナーでとても助かりました。

記者
実際に倒産をした日のどのぐらい前から「これはまずい」と考えていましたか?

しくじり社長D
オープン当初からまずいと思っていました。

記者
オープン当初から、ですか?

しくじり社長D
ええ。お客が入らない、入ってもたかが知れてる。そんな毎日でした。

記者
「あの時、こうしていれば・・・」と思うことはありますか?

しくじり社長D
もっと場所をリサーチして顧客のニーズに合った商売をすればよかったです。

記者
少しズレていた、と・・・。

しくじり社長D
はい。オフィス街に近かったんです。さっと食べて出ていきたい人が多い中で、パーツの多いフレンチは合わなかった。そう思います。

記者
店の評判が悪かったというわけではないのですね。

しくじり社長D
ええ。来てくれたお客様には満足していただいていました。ネットでのレビューも良かったんですよ。

記者
「自営業をしていて良かった」と思ったことはありましたか?

しくじり社長D
雇われと違って、来るお客様は全部自分のお客様です。
みんな僕の料理や僕と話に来てくれるので非常にやりがいはありました。

記者
逆に「自営業をしていて辛い」と思ったことを教えてください。

しくじり社長D
税金がきつかったです。雇われの時にいかに企業に守られていたのかを痛感しました。

記者
きつかったということは、支払えないということはなかったのですね。

しくじり社長D
税金は何とか支払いましたが、国民年金なんかはとてもじゃないけど支払えませんでした。1年だけでしたけどね。

記者
倒産した時の家族の反応はどのようなものでしたか?

しくじり社長D
残念そうでした。

記者
今、何かお仕事をされておりますか?

しくじり社長D
雇われでレストランの料理長をやっております。

記者
今後の目標や将来の展望を教えてください。

しくじり社長D
忙しくてお金を使う暇もないですしまたすぐにお金は貯まると思います。そしたら今回の失敗を糧に今度は成功する自分のお店を持ちたいものです。

記者
ということは、夢はまだ諦めていないということですね。

しくじり社長D
はい!僕の料理を楽しみにしてくれているお客様のためにも、必ずもう一度店を持ちたいです。

記者
ステキな夢ですね。がんばってください!ありがとうございました。

行き交う人々のニーズに応えられなかったのが敗因

物を直接、客に売る仕事の場合、「売る場所」はとても重要なポイントになっています。

Dさんの場合、それを少し見誤ってしまったようですね。

確かにオフィス街は人の往来が多く、食事をする人が多そうに感じられます。

が、そこで食事をする人のほとんどが

「さっと食べられてすぐに店を出れる」

ことを望んでいたがために、料理数が多く食べるのに時間のかかるフランス料理店は流行りませんでした。

もし、時間にたっぷり余裕のある奥様が集うような住宅街に店を構えていたとしたら、話は全く変わっていたことでしょう。

料理に限らず、どんな物であっても、そこを行き交う人たちが何を望んでいるかを把握するのは、とても大事なことです。

店を出す時には、店を出すための初期費用の方に気を取られてしまいがちですが、その辺りもしっかりチェックするようにしておきましょう。

家賃が高い場所は、高くてもそれだけの価値がある場所かもしれません。

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減っていく印刷業務に稼ぎが少なくなり・・・時代の変化に耐え切れなかった夫婦会社

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第3回目のしくじり社長インタビューは、Cさんの奥様にお話を伺いました。
夫婦で経営していた印刷会社。仕事が徐々に減っていき、倒産に・・・。印刷会社の経営は時代に流されて厳しくなっているようです。

記者
こんにちは。今日はよろしくお願いします。

しくじり社長Cの奥様
よろしくお願いします。

記者
自営業をしていたご本人ですか?

しくじり社長Cの奥様
会社を経営していたのは夫ですが、私も従業員として働いておりました。

記者
ご主人の今の年齢を教えてください。

しくじり社長Cの奥様
39歳です。

記者
何歳から何歳までの間、自営業をしていましたか?

しくじり社長Cの奥様
20歳から36歳までの間ですね。

記者
自営業でどんな仕事をされていましたか?

しくじり社長Cの奥様
印刷や校正の仕事をしていました。

記者
1番儲けていた時の月商を教えてください。

しくじり社長Cの奥様
120万円ほどあったと思います。

記者
倒産したきっかけはどのようなことでしたか?

しくじり社長Cの奥様
印刷業界事態の不況で徐々に仕事が減っていき、気が付いたら大手3社のみの取引になっていました。

記者
大手の会社と3社取引があっても、どうしようもならなかったのでしょうか?

しくじり社長Cの奥様
その3社のうちの1社が潰れて夜逃げ状態で連絡が取れなくなり、当てにしていたお金が入ってこなくなりどうにもならなくなって倒産しました。

記者
そこが夜逃げをしていなければ倒産は免れていたと思いますか?

しくじり社長Cの奥様
いえ・・・倒産する時期が延びただけで、いつかは倒産していたでしょうね。

記者
倒産の時にどのぐらい負債がありましたか?

しくじり社長Cの奥様
だいたい200万円くらいありました。

記者
負債はもう返済できましたか?

しくじり社長Cの奥様
はい。すぐに他の会社へ就職出来ましたので、家族のバイト代と合わせて返済に回しました。

記者
実際に倒産をした日のどのぐらい前から「これはまずい」と考えていましたか?

しくじり社長Cの奥様
3年位前から徐々にまずいと思い始めていましたが、本格的にこれはまずいと思ったのは倒産の3ヶ月くらい前です。

記者
結構、ギリギリまで本格的な焦りはなかったんですね。

しくじり社長Cの奥様
はい。印刷や校正の仕事は減りはしてもなくなることはない・・・という慢心がありました。

記者
実際になくなることのない仕事のように思いますが、そんなに数が減ってしまったのでしょうか。

しくじり社長Cの奥様
そうですね。大型の仕事は海外に流れていきましたし、個人の仕事はパソコンでもできるようになってきましたので。

記者
そうなることの予測はつかなかった・・・と。

しくじり社長Cの奥様
ある程度の予測はしていましたが、ここまで急速にそれらが進んでしまうとは思いませんでした・・・。

記者
「これはまずい」と思い始めて、どのような金策を取りましたか?

しくじり社長Cの奥様
銀行、消費者金融のカードローンを契約してお金を少しでも借りれるようにしました。あとは信金に融資の申し込みに行きました。

記者
「あの時、こうしていれば・・・」と思うことはありますか?

しくじり社長Cの奥様
景気の良い時に慢心せずに、ちょっとでも次の一手を考えていればこうはならなかったでしょう。

記者
「自営業をしていて良かった」と思ったことはありましたか?

しくじり社長Cの奥様
自分のペースで自分の思い通りに仕事が出来た事、職場が自宅にあったので通勤時間がなく朝ゆっくり寝ていられた事が良かったです。

記者
逆に「自営業をしていて辛い」と思ったことを教えてください。

しくじり社長Cの奥様
いつ仕事がなくなるかもしれないという恐怖と、望まれた以上の仕事をしなければ契約を切られるかもしれないというプレッシャーが辛かったです。

記者
倒産した時の家族の反応はどのようなものでしたか?

しくじり社長Cの奥様
子どもがいないので、直接迷惑のかかる家族はいませんでしたので、揉めることはありませんでした。

記者
奥様はどのように思われましたか?

しくじり社長Cの奥様
一緒にやっておりましたので、だいたい予想はできていましたし、揉めることはありませんでした。

記者
ご主人も特に動じることはなかったのでしょうか。

しくじり社長Cの奥様
そうですね、すぐに新しい仕事を探さなくちゃという感じでした。かなり冷静だったと思います。

記者
今、ご主人は何かお仕事をされておりますか?

しくじり社長Cの奥様
はい。すぐに他の会社に就職できました。印刷等の仕事とは全く関係のない仕事です。

記者
奥様はお仕事はされていないのでしょうか。

しくじり社長Cの奥様
パートには出ていますが、バリバリ働いているという感じではありませんね。

記者
今後の目標や将来の展望を教えてください。

しくじり社長Cの奥様
いつかは必ず再び自分達の会社を持ちたいです。もう一度以前やっていた仕事をやりたいですね。

記者
そのために何か行動されていることはありますか?

しくじり社長Cの奥様
以前お世話になった人たちとの縁は切れないようにしています。小さなことですが、会社を継続させることはイコール縁をつないでいくことだと思っています。

記者
ありがとうございました。

時代の流れでなくなる仕事が増えている。次の一手を常に考えておこう

印刷の仕事は少しずつ減少していく・・・と言われていましたが、現在、それが現実となってきています。

少量の印刷であれば、個人が自宅で簡単にできるようになりましたし、大量の印刷は海外に発注した方が安い・・・という時代になりました。

また、インターネットが普及したことがきっかけで、説明書などの「必要だった印刷物」もネットで済ませるところも増えています。

印刷物にかけるコストを減らし、商品単価を下げることは企業努力です。責められることではありません。

しかし、これまで絶対に必要だった物が必要なくなっていくことによって、それらをつくていた人たちの仕事はなくなっていきます。

「この仕事は将来なくなるかもしれない」
そう少しでも考えたことのある人は、次の一手を考えておく必要があります。

今までの自分のしてきた仕事で得たノウハウを活かしつつ、これからの時代のニーズに応えられる仕事。
そうした仕事のアイデアが思いつくか否かで、会社の経営は左右されていくのではないでしょうか。

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安売り会社に負けて倒産・・・イベント会社の顛末を社長の息子が語る。

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第2回目のしくじり社長インタビューは、Bさん(男性)の息子さんにお話を伺いました。
イベント会社で、いい時は月商250万円稼いでいた父を近くで見ていた息子さんは、何を思うのでしょうか。

記者
こんにちは。今日はよろしくお願いします。

しくじり社長Bの息子
はい。よろしくお願いします。

記者
自営業をしていたご本人ですか?

しくじり社長Bの息子
家族です。父親が自営業をしていました。

記者
お父様の今の年齢を教えてください。

しくじり社長Bの息子
67歳です。

記者
何歳から何歳までの間、自営業をしていましたか?

しくじり社長Bの息子
57歳から62歳の間です。

記者
自営業でどんな仕事をされていましたか?

しくじり社長Bの息子
イベント会社を運営していました。

記者
1番儲けていた時の月商を教えてください。

しくじり社長Bの息子
250万円ほどだと言っていました。

記者
倒産したきっかけはどのようなことでしたか?

しくじり社長Bの息子
同じ地域で低価格でイベントを行う業者が数社出来てしまい、両親が獲得していた仕事の約半分以上営業で取られてしまいました。

記者
得意先の方は、全く残ってもらえなかったのでしょうか?

しくじり社長Bの息子
はい。次第にそれ以外のお客様も少なくなっていきました。その当時はデフレでしたので仕事が急激に減ったのも原因です。

記者
倒産の時にどのぐらい負債がありましたか?

しくじり社長Bの息子
負債は400万円ほどです。

記者
負債はもう返済できましたか?

しくじり社長Bの息子
私の親戚の両親にお金を借りて返済にあてました。

記者
実際に倒産をした日のどのぐらい前から「これはまずい」と考えていましたか?

しくじり社長Bの息子
約2年ほど前から考えていたようです。

記者
「これはまずい」と思い始めて、どのような金策を取りましたか?

しくじり社長Bの息子
銀行にまずは相談しましたが、無理だということで、父親は会社の知り合いに相談したみたいです。

記者
それでどうにもならなかったと・・・

しくじり社長Bの息子
そうですね。それで最終的に親戚に頼ることになりました。

記者
「あの時、こうしていれば・・・」と息子さんの立場から思うことはありますか?

しくじり社長Bの息子
そうですね、もっと地道に儲けようと思い、欲張らなければ良かったと思います。

記者
つまり、お父様は欲張っていたように感じられたのでしょうか。

しくじり社長Bの息子
そうですね。1番儲けていた時の生活が忘れられなかったんでしょう。

記者
しかし、安売りするのも良くないという説もありますが・・・

しくじり社長Bの息子
父の仕事に関してはそうではなかったと思います。他の会社が安くしてしまったのだから、もっと儲けを少なくしてでも仕事を取る努力が必要だったと感じます。

記者
お父様の仕事のやり方がうまくなかった、と感じていらっしゃるんですね。

しくじり社長Bの息子
そうですね。基本的に商売の世界は競争社会ですので、より価格を落とし良い仕事をする会社が生き残ると思わされました。

記者
「父親が自営業をしていて良かった」と思ったことはありましたか?

しくじり社長Bの息子
調子の良かった時は父親の羽振りがほんとうによく、息子の私もよく父親にいろいろなものを購入してもらいました。父親から買ってもらったパソコンなどが良い思い出です。

記者
逆に「自営業をしていて辛い」と思ったことを教えてください。

しくじり社長Bの息子
父親が仕事が取られたり、仕事がなくなったりするのを間近で見るのが本当に辛いと感じました。家庭にダイレクトに影響がありました。

記者
ということは、お父様のことは好きなんですね。

しくじり社長Bの息子
はい。商売人としては未熟だったと感じますが、父親としてすばらしい人間だと思っています。

記者
倒産した時の家族の反応はどのようなものでしたか?

しくじり社長Bの息子
家族は半ばしょうがないと割りきっていました。母親はこうなることが分かっていたみたいに冷めていました。

記者
離婚の話は出ませんでしたか?

しくじり社長Bの息子
父はそれを覚悟していたみたいですが、母はそのつもりはなかったみたいです。

記者
今はお父様は何かお仕事をされておりますか?

しくじり社長Bの息子
両親はもう年ですので、今後は地道に年金生活です。

記者
今後の目標や将来の展望を教えてください。

しくじり社長Bの息子
私はこれを教訓に、勤め人として真面目に人生を送りたいと思います。

時代の流れで、時には安売りする勇気が必要

今回のしくじり社長Bさんは、1番儲けていた時代を忘れることができずに失敗してしまいました。

時代は流れていきます。昔は高い値段で売れていた物でも、安くで販売する会社が登場すれば、当然売れなくなってしまいます。

例えば、氷だけを売る氷屋さんが昔ありました。
冷蔵庫のなかった時代、氷を売り歩くだけでお金になったものです。

しかし、一般家庭に冷蔵庫が普及していき、氷屋の必要がなくなってしまいました。
今では自宅で氷を作ることなんて当たり前のことですから、普通の氷を売ろうとしても売れるわけがありません。

それをムリに「買ってくれ!」といったところで、無視されるだけです。

商売の基本として、「時代の流れを読まなければいけない」ということがあります。

時代の流れに沿って、物の値段を安くしたり、安くしない代わりに付加価値をつけて買う価値をつけたり、そうした工夫をしていく必要があります。

自営業をされる方は、いつでも時代を先読みする努力をしていかなければいけません。

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組合費が高くて払えずに廃業・・・宅配・運送業者を廃業したしくじり社長Aさんの話

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第1回目のしくじり社長インタビューは、Aさん(男性)です。
宅配・運送関係の仕事をされていたようですが、思い通りに仕事が来なかったことが原因で廃業してしまったようです。

記者
こんにちは。今日はよろしくお願いします。

しくじり社長A
はい。よろしくお願いします。

記者
自営業をしていたご本人ですか?

しくじり社長A
本人です。

記者
今の年齢を教えてください。

しくじり社長A
40歳です。

記者
何歳から何歳までの間、自営業をしていましたか?

しくじり社長A
33歳から34歳までの間、自営業をしていました。

記者
自営業でどんな仕事をされていましたか?

しくじり社長A
宅配・運送業です。

記者
1番儲けていた時の月商を教えてください。

しくじり社長A
25万円ぐらい

記者
倒産したきっかけはどのようなことでしたか?

しくじり社長A
宅配の組合があり、毎月に組合料金を払わなければいけなかったんです。その料金が高く、苦しくなってきたことがきっかけです。

記者
その組合には必ず入らなければいけないものなのですか?

しくじり社長A
必ずというわけではありませんが、そこが仕事を斡旋してくれていましたから。

記者
その組合に支払うお金が厳しくなったことがきっかけなんですね。

しくじり社長A
はい。最初から苦しいと感じていましたが、更に料金を値上げすると言い出したんです。組合の運営が赤字を出したからだそうですが、さすがにもう無理だと感じました。

記者
組合料金が支払えていれば、仕事は安泰だったと思いますか?

しくじり社長A
いいえ、斡旋してくれる仕事が徐々に少なくなっていったので、入っている最中も生活が苦しかったんです。ずっと入っていたら、借金をすることになっていたでしょう。

記者
ということは、借金はしなかったのでしょうか?

しくじり社長A
はい。負債を抱える前にやめました。

記者
実際に倒産をした日のどのぐらい前から「これはまずい」と考えていましたか?

しくじり社長A
2ヶ月前ぐらいからですね。

記者
「これはまずい」と思い始めて、どのような金策を取りましたか?

しくじり社長A
組合のみなさんに無理を言って、できるだけ仕事を回してもらっていました。

記者
「あの時、こうしていれば・・・」と思うことはありますか?

しくじり社長A
組合に頼ってばかりでなく、自分でももう少し仕事を探したり開拓すればよかったかなと考えることはあります。

記者
「自営業をしていて良かった」と思ったことはありましたか?

しくじり社長A
やっぱり自分の時間を好きなときに作ることができたと言うの点が1番ですね。

記者
それ以外には?

しくじり社長A
いろんな人との横のつながりとかができたことも嬉しく楽しいことでした。

記者
逆に「自営業をしていて辛い」と思ったことを教えてください。

しくじり社長A
やっぱり売り上げのことばかり考えてしまうことが辛かったです。毎月の生活費が苦しかったので・・・

記者
仕事の中で、特にご苦労に感じたことはありませんでしたか?

しくじり社長A
営業が不得手だったので、それが辛かったです。うまくいかなかったときなどは特に・・・。

記者
倒産した時の家族の反応はどのようなものでしたか?

しくじり社長A
やっぱりやめて良かったんじゃない?とか、やめてくれてよかった、とか言われました。

記者
では、揉めることはなかったんですね。

しくじり社長A
はい。少し寂しい気もしますが、責められたり家族離散したりということがありませんでしたので、よかったと思います。

記者
今後の目標や将来の展望を教えてください。

しくじり社長A
今は会社に入って毎月の生活費には何とか困らなくなったので、細々とやっていこうかと思います。

宅配・運送業者も仕事の奪い合い

不況の今、仕事を奪い合っている業界はとても多いようです。

宅配・運送業界は通販などの仕事が増えて潤っているのでは?と思われがちかもしれませんが、意外にもそうではないようです。

個人相手に配送している会社は、仕事の量こそ多いかもしれませんが値段は値切りに値切られてしまいます。

企業相手の宅配・運送であればこれはもう取り合いしかありません。
大口の運送を頼む会社の数は限られていますし、一度頼んだ運送業者から変更することはあまりありません。よほどのヘマをやらかした時ぐらいでしょう。

そのため、こうした組合が仕事を束ねて業者に振り分けているようですが、どうも組合自体がうまくいっていない様子ですね。

今後、配送・運送関係で事業を始めるのは、よっぽどのアイデアや取引先を持って始めないと難しいのではないでしょうか。

また、Aさんの場合は「営業が不得手」ということも仕事の数に影響したようです。
どんな事業を立ち上げるにしても、営業力はある程度養っておくべきかもしれませんね。

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